宇宙食最前線! 宇宙ではどんなものが食べられる?【前編】

宇宙空間で宇宙飛行士が食べる「宇宙食」。
無重力(微小重力)の宇宙空間においては、地上と同じ食事を摂ることが難しく、食べ物は安全性や栄養バランスに加え、使いやすさや長期保存性など、多くの要素が考慮されて開発されています。
「缶詰」や「フリーズドライ」「パックに入った飲み物」などイメージがあるかもしれませんが、近年ではどのような宇宙食があるのでしょうか? その歴史から保存法、最新の宇宙食まで探っていきましょう!

宇宙食と地上の食品の違いとは?

ISSで食事を行う若田光一宇宙飛行士ら第68次長期滞在クルー©NASA

まず、現在提供されている宇宙食はどのようなものなのでしょうか。現在の宇宙食について、JAXAのサイトでは以下のように紹介されています。

現在の国際宇宙ステーション(ISS)での長期滞在では、宇宙食は、NASAまたはロシアから支給されています。温度安定化食品(レトルト食品)、加水食品(スープ、ライス、スクランブルエッグなどのフリーズドライ食品)、半乾燥食品(乾燥フルーツ、乾燥牛肉など)、自然形態食(ナッツやクッキーなど)、生鮮食品(リンゴ、オレンジ、バナナ、ニンジン、セロリなどの新鮮な果物や野菜)や、地上で普通に売られている食品をそのまま載せたりすることもあります。宇宙食の種類も300種類を超えています。
「よくあるご質問 宇宙食にはどのようなメニューがあるのですか。」-JAXA公式Webサイトより引用

宇宙食の内容自体は地上と大きな違いがある訳ではないのが分かります。
しかし、食べ物を宇宙に持って行き、保存し安全に食べる事は容易なことではありません。
2024年現在運用されているISSでは、オーブンと水とお湯が出る給水設備がある小規模なギャレー(乗り物にある調理設備)がありますが、食品を保管するスペースや食事をとるためのスペースは大きくはありません。さらに、宇宙では可能な医療が非常に限られるため、食中毒の防止も重要です。
このため宇宙食を開発する際には、栄養価、食品の安全性、保管スペース、限られた調理方法、微小重力下での食事の難しさなどの要件を遵守する必要があります。
このため宇宙飛行士が日常的に食べるものは長期保存ができ、気密性と安全性が保たれながら処分しやすいパッケージングがされたものが中心となります。
また、宇宙食は宇宙飛行士のストレス低減の役割も担うため、宇宙飛行士個人が好みの食品を持ち込むこともあります。
例えば、日本人初の女性宇宙飛行士である向井 千秋氏はたこ焼きや五目炊き込みご飯、菜の花のあえ物などをスペースシャトル搭乗の際に持ち込んでいます。

宇宙日本食に求められる条件

JAXAでは宇宙食の主な条件を以下のように紹介しています。

■ 安全であること
・容器や包装が燃えにくいこと
・容器や包装が燃えた場合でも、人体に有害なガスが発生しないこと
■ 保存性が高いこと
・常温で長期保存が可能であること
■ 衛生性が高いこと
・宇宙飛行士の食中毒などを予防するための衛生性を確保する(食品内の細菌の種類や数などを基準以下とする)こと
■ 食べる時に危険要因が発生しないこと
・電気系への障害防止
液体を含む食品は飛び散らないよう、食品を封入するパッケージに付属したスパウト(吸口)やストローを使用する
そのまま食べる食品については飛び散らないよう粘度を高め、ゾル状食品(とろみのある食品)とする
・空気清浄度への障害防止
微粉を出さないこと
特異な臭気を発するものは適さない

「宇宙で食べる – 宇宙食の条件」-JAXA公式ウェブサイトより引用

宇宙日本食認証制度である「宇宙日本食認証基準」ではさらに細かい条件があり、製造後1.5年以上の賞味期限を有することや、体積を最小にすることなどを求めています。

宇宙食の歴史

宇宙食の歴史は、人類の宇宙進出とともに始まります。宇宙食がどのような進化を辿ったのか詳しく見ていきましょう。

1960~63年ごろ 宇宙食の開発最初期

初期の宇宙食©NASA

最初に宇宙空間に宇宙食が持ち込まれたのは初の有人宇宙飛行に成功したソ連(ロシア)のボストーク1号と言われています。(同年打ち上げのボストーク2号の説もあり)ユーリ・ガガーリン宇宙飛行士が搭乗し、1961年に打ち上げが行われました。ガガーリン飛行士はアルミ製のチューブに入った流動食の牛肉やレバーペースト、チョコレートソースを船内で食したとされています。
また、その直後に行われたアメリカの初の有人宇宙計画であるマーキュリー計画の宇宙食では一口サイズの固形物、ゼリー状の食べ物、チューブに入った流動食を中心に開発されました。
流動食が多かった背景は、宇宙空間で食べ物の飲み込みや消化の機能が正常にできるか分かっておらず、食品がのどに詰まったり逆流したりするリスクが懸念されたためです。
しかし流動食を中心とした初期の宇宙食は、離乳食のようで味や食感が宇宙飛行士から不評だったことや、マーキュリー計画(1958年~1963年)での実証を経て宇宙空間で食べ物の飲み込みや消化の機能に悪影響がないことが判明したことから、マーキュリー計画以降は宇宙食の改良が進められました。

1963~67年ごろ 初期宇宙食の改良

ジェミニ計画の宇宙食©NASA

アポロ計画の時期になると、宇宙船の中でお湯が使える技術が開発されるとともに、宇宙食もさらにバリエーションが増えました。お湯を利用する事で充分な水分摂取と温かい食事ができるようになり、味も改善されました。また、レトルトの食品や缶詰も採用され始めました。ただし宇宙空間では嗅覚と味覚が鈍るので、実際の味は地上に比べて薄いなど異なっていたとされています。
アポロ計画の宇宙食のメニューはビーフシチューやミートボールといったメインディッシュからチキンスープやトマトスープなどのスープ類、コーヒーやオレンジジュースといった飲み物までおよそ約 70 種類の品目がありました。
多くの食品は袋を開けてスプーンを入れて食べる方式で、無重力環境でも食べ物が飛び散ることを防ぎ、効率的かつ安全に食事を楽しむことができました。
また、宇宙に送る食品の安全性を高めるためにHACCP(Hazard Analysis and Critical Control Points:危害分析重要管理点)と呼ばれる管理手法が1971年に発表されました。
HACCPは特に食品の製造や加工の過程で発生しうるリスク(微生物汚染、化学物質や異物混入など)を防止する対策です。それまでは完成した食品を検査する「抜き取り検査」が主流でしたが、HACCPでは工程ごとに検査を行う事で食品の品質や安全性を高めます。
HACCPは食品以外でも化粧品や医薬品にも適用されています。日本でも2020年に制度化されました。

1971年~80年代 宇宙に菜園、冷蔵庫、冷凍庫、調理設備が登場

Skylabのキッチンで食事の準備を行うエド・ギブソン宇宙飛行士©NASA

1971年に打ち上げられたソ連の宇宙ステーション「サリュート」には菜園が設置されており、そこで栽培されたキュウリなどを食べることができたとされます。これが現在の宇宙ステーションの野菜生産システム(Vegetable Production System)の導入にも繋がっています。しかし多くのソ連の宇宙食はチューブ食や缶詰が中心でした。
また、アメリカの宇宙ステーション「スカイラブ」(Skylab 1978年打ち上げ)では機内に冷蔵庫や冷凍庫が設置され、食事をするためのダイニングテーブルも置かれました。食事環境が地上に近くなった一方で食事内容は地上と完全に同じというわけではなく、約半数はフリーズドライのような水で戻す食品、15%が冷凍食品、残りが缶詰などで構成されていました。
1981年から運用されたスペースシャトルではギャレーが設置され、宇宙食はその中で管理されました。ギャレー内には給水システムやオーブンもあり、食べ物を簡単に調理することもできたため、野菜や果物、パンなどの生鮮食品や地上で調理されたものなどがパッケージングされた上で持ち込まれることも増加しました。スペースシャトルでの宇宙食は現在の宇宙食に近く、その数は200種類を超えていました。

1990年代~現在 宇宙食が国際色豊かに

1990年代に入るとアメリカやソ連(ロシア)以外の宇宙飛行士も増加し、併せて宇宙食の開発を行う国も増えました。日本でも2004年に「宇宙日本食」認定基準を制定、宇宙食のラーメンやおにぎり、カレーなどが開発されてISSに送られました。
2024年現在のISSではロシアの宇宙飛行士が過ごす「ズヴェズダ」サービスモジュール内とアメリカのモジュール「ユニティ」内にギャレーがあり、長期滞在任務に就いたロシアの宇宙飛行士は基本的に「ズヴェズダ」、それ以外の国は「ユニティ」内で食事をとっています。特別なイベントや休日には合同で食事をとることもあります。例えば、若田光一宇宙飛行士が船長を務めた第39次長期滞在(2014年3月~5月)では、金曜日と土曜日の夕食は必ず全員で一緒に食事をとることにされていました。
食事の内容はアメリカが開発したメニューとロシアが開発したメニューの数日後ごと、16日周期のローテーションになっており、月に一度程度の頻度で、休日あるいは補給機や地上からの宇宙飛行士来訪の際に特別なメニューが用意されます。
また、2022年に完成した中国の宇宙ステーション「天宮」内でも、味の濃い四川料理をベースに独自に開発された宇宙食が食べられています。
ISSのギャレー内に冷蔵庫及び冷凍庫はないものの、補給機などには実験サンプル用の冷蔵庫などが備わっていることが多く、それを利用し生鮮食品や冷凍食品などが持ち込まれることが多いです。また、少量ながらISSの野菜生産システムでロメインレタスや白菜、トマトなどの野菜が栽培されることもあります。

宇宙でも、「食」は大切な楽しみ

最初は流動食から始まった宇宙食ですが、その歴史を見ると人が生活するにはものを食べる楽しみは欠かせないことを、宇宙食は教えてくれます。
微小重力の食事は地上といくつも異なる点がありますが、食事が可能だからこそ、月面探査など人が地球の外に行く事も可能であり、それが今の有人宇宙飛行の実施にも繋がっているのです。

後編では宇宙食の種類と最新のトピックを取り上げ、最新の宇宙食がどのようなものかを探ります。

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